DX3rd,  テキスト

Reason for Living

良太卓のプロローグのようなもの。
良太の過去話と、軽いりょうゆづ。
歩さん(@ke0296)宅の罪枷弓弦さんをお借りしています。










「リーダー? ねえ、寝てるの?」
 まどろみの向こうから声が聞こえる。凛とした、抑揚がなく透き通った声が耳に心地いい。
 もう少しだけ、と、駄々をこねるようにみじろぎすると、声の主は意図を察したらしい。根負けしたようにそれ以上声をかけるのをやめ、隣に腰を下ろす気配がした。
 
 ***
 
「リーダー? ねえ、寝てるの?」
 まどろみの向こうへ届くように、と祈りながら、良太はもう何度も彼を呼んでいた。
「うるさいぞ良太。人がせっかく気持ちよく昼寝しているというのに」
 もう何度目かの呼びかけが忘れかけた頃、草むらに寝そべった男はようやく返事を寄越した。
 不機嫌そうに片目だけ開けられた目は、ちょうど今空を飛んでいる鳶の翼とよく似た色をしている。
 良太は少し頬を膨らませて、負けじと言い返した。
「でも、会議するってみんなが言ってるよ」
 だが、いたいけな子供がどれほど真剣に見つめて訴えても、目の前の男は全く罪悪感など抱かないようだ。
「中止だ」
「また? こないだもそう言って中止にしたよ」
「俺がファヴニールのリーダーだからな。リーダーの命令は絶対だ」
 また適当なことを…と、少年は心底呆れたようにつぶやいた。
「リーダー、いつも食べるか寝るか女の子と遊ぶかしかしてないじゃないか。そんなんだといつかみんなに愛想をつかされるよ」
 みんな、といいながら、会議室でリーダーを待っている仲間のことを思い出した。連れていかなければ、怒られるのはお使いを言い渡された良太なのだ。
「お前、新入りのくせに俺に説教とはなかなか肝が据わってるじゃないか。自分がやりたいようにすることの、どこがいけない?」
 むくり、と男が上体を起こした。だが、まだ立ち上がって会議室に行くつもりはないようだ。
「リーダーは良くても、他のみんなが良くないだろ。たとえば俺とか」
 親指で自分を指し示す。しかしそれをリーダーはカラカラと笑い飛ばした。
「なんで俺がお前らに遠慮しなきゃいけないんだ。そんな愚痴を言う暇があったら、食べて寝て女と遊ぶよりもっと面白そうな会議を企画しておけ」
 そんな無茶な、と、良太は片手で顔を覆う。同情する、というように、鳶が高い声でひと鳴きした。
 遺産収集セル・ファヴニール。浅野良太はFHに古くから存在するこのセルに拾われた孤児だった。もっと具体的に言うと、拾ったのは目の前のこの男だ。
 皆から『リーダー』と呼ばれるこの男は、その名の通りファヴニールのトップとして君臨する、まさに王様だった。
 金と酒と女をこよなく愛し、欲しいものは際限なく奪い収拾することを臨む、欲望の権化。
 その傍若無人なふるまいに、良太を含めたメンバーはいつも振り回されている。
 ファヴニールセルのメンバーでさえ、彼が『拾って』きた人間ばかりらしいときいて、喜ぶべきか悲しむべきか悩んだのは少し前の話だ。
「そういうお前は、食べて寝て女と遊ぶより会議の方が好きなのか?」
 ひどく珍妙なものを見る目で、リーダーは良太を見つめた。どこまでも話を逸らして会議を避けたいらしい。
「そんなことはないけど、リーダーみたいに投げ出したりはしないよ。それに食べて寝てはともかく、女のことはよくわからない」
 小言を言いつつも自分の話に良太が乗ってきたのが嬉しかったのか、男はにやりと笑って見せた。
「女はいいぞ。いや、女だけじゃないな。老若男女、人間というのはとてもいい」
 言われ、良太は顔を上げてリーダーの表情を見る。鳶色の目がどこか遠くを見つめるように細められ、薄い笑みの表情を形作っていた。
「俺はヒトが好きだ。食べ物や睡眠と同じくらい、俺に影響を与え俺の糧になる。喰らっているのは俺の方なのに、食われたはずのそいつらが、内側から俺を変えてゆく」
「リーダーは人間は食べないでしょ」
「さあ、どうかな?」
 悪戯っぽくいうその姿は、子供にタチの悪いおとぎ話を聞かせて笑う父親のようだ。
「まあ例え話だと思え。だから良太。いい女と出会えよ。いや、悪い女でもいい。両方を兼ね備えた女もいい。お前が愛する女に出会え」
 ざあ、と、風が吹いた。柔らかい髪が弄ばれて少しくすぐったい。
 目にかかったそれを、リーダーはそっと避けてくれた。
「だから、わかんないって」
「そう急くなよ。いつかわかるようになる。お前の内側から、運命まで変えてくれるような、そんな女に出会えるよ」
 予言めいた言葉だった。この男はいつも自信満々に根拠のないことを口にする。
 だがその迷いのない目に、ファヴニールセルのメンバーが勇気付けられてきたのもまた事実だった。
「リーダーは出会えたの?」
「……ああ。だから今お前とこうしてるんだ」
 頭を優しく撫でられる。それが心地よくて、でも少し恥ずかしくて、頰が熱くなった。
「変えてもらってやっとそれってこと?」
「お前……あんまり生意気だと本当に頭からバリバリ食うぞ」
 がば、といきなり覆いかぶさられる。悲鳴をあげる良太をよそ目に、リーダーは思いきり髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、強く抱きしめてきた。
 それからは、もうなし崩し的にじゃれあいのはじまりだ。
 良太、いい女と出会えよ。
 いつもふざけてばかりのリーダーが口にした、数少ない真剣な言葉だった。子猫のようにじゃれ合いながら、内心でそれをゆっくりと噛み締める。
 良太は孤児だ。理由はわからないが、良太の親は良太に愛情を与えなかった。だから、愛情とはどんなものなのか、どうやって与えればいいのか、どうされることが愛されることなのか、良太にはわからない。
 そしてそんな自分が誰かを愛することができるのか、それもまだわからない。
 だが、それを語るリーダーの横顔だけは、信じたいと思えた。
 
 ***
 
「リーダー? ねえ」
 体を揺すられている。あと少しだけと思っていたはずだが、思ったより長く寝てしまっていたらしい。
 そして良太はようやく、ゆっくりと目を開けた。
 リーダー、とよばれ、それが自分を指す言葉だと理解する。
 ファヴニールセルのセルリーダー・浅野良太。それが今の自分だ。
 自分を覗き込んでいた人影はほっとしたように、呆れたように薄く微笑んだ。
「やっと起きた。こんなとこで寝てたら風邪ひくよ」
 大人びた少女だった。朝焼けのような淡い色をした髪が陽に透けてキラキラと輝いている。
 罪枷弓弦。良太がセルリーダーとなった新しいファヴニールに、かつての良太と同じように流れ着いた、新人の少女だった。
 無意識に、良太は彼女に手を伸ばした。
「すまん。つい、気持ちよくて」
「別にいいよ。その代わり看病もしないから」
 苦笑しながら答えて、弓弦はため息をつく。
「してくれないのか」
「するわけないでしょ。自己責任じゃない」
 ふい、と顔を逸らされた。だが、そのつれない態度すら小気味いい。
 こちらを向いて欲しくて、良太はゆっくりと体を起こした。そして伸ばした手を弓弦の頬に添えてこちらを向かせる。
「寝室でお前とふたりきりになれるいいチャンスかと思ったんだが、残念だ」
 そういうと、弓弦はみるみる顔を赤くして動揺し、言葉にならない声を上げ始めた。
「は? な、なに、なに、いって……!?」
 可愛らしく戸惑う少女を尻目に、良太は立ち上がる。
「冗談だ。さあ戻ろう。迎えに来てくれたんだろう」
 手を差し出すと、弓弦は顔を真っ赤にしたまま立ち上がって叫んだ。
「ちがうわよ! もう知らない!」
 そのまま、せっかく差し出した良太の手を無視してすたすたと行ってしまった。
 ざあ、と風が吹き、空の高いところで鳥が囀る。額にかかった前髪を避けてくれる大きな手は、もうどこにもない。
 仕方なく自分の手で髪を避けると、その向こうに弓弦の華奢な背中がみえた。それをどうしようもなく愛しく感じている自分がいる。
 人はいつの間にこんな感情を覚えるようになるのだろうかと不思議に思う。
 食事を摂るように、睡眠を貪るように、当たり前に他者を愛することを、いつの間にか良太も覚えた。
(いや、教えてもらっていたんだ。それを今、ようやく理解し始めただけか)
『良太、いい女と出会えよ』
 『リーダー』の声はまだ覚えている。弓弦の後ろ姿にその言葉が重なる。
 あの豪胆で頼もしかった存在はもうファヴニールにはいない。今は自分が、彼の代わりにならなければいけないのだ。
 自分の愛しいものを……みずからの糧になり運命すら切り拓いてくれる大切な存在を、守らなくては。
「頑張るよ、リーダー」
 誰にも聞こえないように、そっとつぶやいて、良太は弓弦の後を追った。

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