The Last Day
DX3rdのオリジナル卓「一度だけの恋なら」の前日譚。
アオイととある少女のお話。
「ターニングポイント」より前の時間軸です。
シナリオのネタバレを含みますので、気になる方はご注意ください。
頭上は赤い、赤い空だった。
アオイは風を受けながら、その場所に立っていた。街のシンボルともいえる高層タワーの最上階、つまり屋上だ。彼女の頭上に遮るものはなく、ただ夕暮れ深まる空が広がっている。
眼下には、まるでおもちゃのような街並みが広がっている。街を行く人は見えないか、見えても黒い点にしか見えないほど小さい。
アオイは、この建物が整然と並び、人や車が流れる光景を見るのが好きだった。夜景ほどではないが、この時間も、夕暮れに照らされてガラスが光り、それなりに美しい。
オーヴァードであり、その中でも古代種と言う特殊な存在であるアオイは、あの人並みの「日常」に飛び込むのは苦しい。しかしこうやって、高いところから俯瞰している分には、ずっと見ていられる。
ふいに、背後から「がちゃり」と音がした。アオイが振り返ると、風に髪が煽られて翻る。視界を遮った髪をかき上げると、そこには一人の少女が立っていた。
「こんなところで、どうかしたんですか? アオイさん」
室内へと続くドアの前に立って、少女は人懐っこい笑みをアオイに向けている。
暗めの茶髪をきっちりと結って、折り目正しく、しかしアクセサリーなどでちょっとしたお洒落も忘れない。そんな「普通の」少女。
「別に、ちょっと景色を眺めていただけよ」
「そうなんですか。あっ、私もお隣、いいですか? お菓子を持ってきたんです。お好きですよね、アオイさん」
アオイが表情を変えず、不愛想にそう言っても、少女は全く気にする様子もなく微笑み返す。人懐っこい口調も崩さず、アオイに駆け寄ってきた。
自慢するように差し出された手には、少女の言う通りお菓子の箱がある。ロングセラーの、細長いチョコレート菓子だ。
アオイは小さくため息をついた。
「好きにすればいい。だけど「それ」は気持ち悪いから止めて。もう『仕事』も終わったんでしょう、雫。いいえ、【死を呼ぶ花】」
「あら……ふふ、はーい」
コードネームを呼ばれた少女は、少し残念そうに眉尻を下げて見せる。アオイに返事をすると、その細い指で髪を結っていたリボンを解いた。
「んで、何見てんの?」
ばりっ、と、音を立て【死を呼ぶ花】が手にしたチョコレート菓子の袋を破いた。ふわり、とアオイの鼻孔にも甘い香りが届く。
「街」
「身も蓋もない……面白いわけ? それ」
「別に」
本性を隠さなくなった少女が問いかけても、アオイの返事は気のないものばかりだ。
雫はつまらなさそうにアオイから視線を外すと、開封したチョコレート菓子を一本口に加えて、屋上の縁の方へ歩き出す。
眼下には平和な街並み。日常を生きるヒトの影。
「いい眺めだね」
ぱきん、と口の中で菓子をかみ砕きながら、雫は言った。アオイにはその言葉が少し意外で、初めて表情を変える。
「何、その顔。おっかしい」
アオイを振り返った雫も、その変化に小さく笑った。
「いえ、あなたがそう言うとは思わなかったから。あなたは、ヒトが作る街も景色にも、興味がないと思っていた」
「興味無いのはアンタのほうでしょ、【音域の女王】サマ。……よく見えるし、気分いいじゃん?」
風を受けながら、雫は口の端を上げて笑う。解いた髪が風に煽られ、大きく揺れている。
「きっと世界が壊れるとこだって、一番よく見えるよ」
そして、「明日は晴れそうだね」とでも言うような口調で、そんなことを言い放つ。
「アンタが世界に愛想を尽かしたときは……ここで二人で、お菓子でも食べながら、眺めるのもアリかもね」
ぱきん、とまた音がして、雫がチョコレート菓子を一本食べ終わる。
「世界が壊れていくとこ」
いいアイディア、と言わんばかりに雫は笑う。
その笑顔はもうすっかり壊れていて、元には戻らないのだと理解はしている。でもなんて楽しそうに笑うのだろう、とアオイは思う。
壊れてしまっても笑える彼女と、壊れていないだけで、笑うことも忘れた自分は、いったいどちらがマトモなのだろう。
「……そうね。もし、そうなったら……」
気が付くと、アオイの口はそんなふうに返事をしていた。
雫はそれを聞くと、またにっこりと笑顔を深める。
「んじゃあたし、そろそろ行くから。はいこれ」
そしてアオイに残ったチョコレート菓子の袋を押し付けると、そのまま小走りで屋上の縁に足をかける。
「またどこかで会いましょ、アオイ」