本音しか言えなくなる薬
突然思いついて言い出しっぺなので書きました。
本音しか言えなくなる薬を飲んでしまった美紅の話です。
きりぅさんのPC・夏希崇臣君をお借りしております。
わかりやすいことはいいことだ。
シンプル・イズ・ベスト。煩雑、難解であるよりは、単純、平易であるに越したことはない。同じ結果が得られるのであれば、なおさらだ。
とはいえ。とはいえ、だ。
世の中には「必要とされるわかりにくさ」というものが、存在するには、する。
それはいわゆる「行間を読む」と言う行為であったり、言葉に出来ない情動であったり。
あるいは──口にするにはあまりに大切すぎる、たった二文字の告白の言葉であったり。
「すき」
だからその二文字は、二文字で説明できないからこそ、大事にしまっていたはずだ。
なのに、ぽんっ、と。その大事な大事な二文字は、御堂美紅の口から出てしまった。栓を抜いたときの瓶みたいに、そりゃあ口を開いたんだから出るでしょう、と言わんばかりに。
「──は?」
そして、まさかそんな言葉が出ると思わなかった美紅は、思わず間の抜けた声をあげた。
* * *
時間はほんの少しだけ遡る。時間は陽が落ちて間もないころ。周りはほどほどに人が行き交う、ちょっとした街中だ。
夕方までは能力訓練と任務、夕刻からはフリー、と言う変則的な休暇を獲得したため、陽が落ちて体の変化を待ってから遊びに繰り出したのだ。
最悪一人で遊ぶつもりだったが、ダメ元で連絡した崇臣から「仕方ないな」とまんざらでもない返事も返ってきた。
それじゃあ適当にゲームセンターでも覗いて、そのあとファミレスで夕飯でも、なんて考えながらやりとりを続ける。
そうして待ち合わせ場所に到着し、ちゃんと集合場所で待っている崇臣を見つけた。美紅は思わず満足そうに笑う。
「よしよし、ちゃんと来てる。お疲れ、崇臣!」
「ああ。……FHをねぎらっていいのか? 破壊工作の帰りかもしれないぞ」
「今のはそういう定型文でしょうが。細かいこと気にしないの。よし、じゃあご飯にはちょっと早いから、適当に暇をつぶして……」
そこまで言いかけたとき、突然、ぐらり、と眩暈のような、吐き気のようなものを一瞬感じた。
思わずたたらを踏んだが、倒れるまではいかない。そしてそのあと、すぐに不調は収まった。
「……? 大丈夫か?」
しかし、崇臣はさすがというか、一瞬の不調にも気づいたらしい。眉根を寄せて美紅の顔を覗き込んでくる。
美紅は小さく首を横に振ってみせた。
「大丈夫。なんだろう。立ち眩みかな」
「体調が優れないなら無理をせずに安静にしていろ。まだ陽が落ちて間もないし、身体変化の影響じゃないのか」
ため息交じりに言って、崇臣は美紅に向き直る。そして熱はないのかと言いながら額に手を当ててきた。顔色を見ているのだろうか、じいっとこちらを見つめてもいる。
「大丈夫だって。もうなんともないし。大袈裟だなあ」
美紅も少し気恥しいものの、なんとなく拒否したくなくてされるがままになっていた。
……なんとも思っていない相手ではない。むしろ、恋心を自覚している相手だ。理由が何であれ、触れられるのも、心を割いて貰えるのも、嬉しくないはずがない。
まして、崇臣は誰にでもこういうことをするタイプではないのだから、なおさらだ。
いつもよりも間近にある、恐ろしく整った顔立ちを見返しながら、美紅は思う。
「(はあ……こういうところがやっぱり……)」
「すき」
だなあ……なんて。
そして次の瞬間、時間が止まった、かのように錯覚した。
「──は?」
思わず、自分の口元を両手で抑える。
今、声に出てた? 崇臣の目の前で?
すぐに崇臣の顔を見ると、崇臣も「ぽかん」とした顔で美紅を見つめていた。驚きのあまりか、先ほどまで美紅の額に当てられていた手は離れている。
「……美紅? 今……」
「ぃや今の何だろう!? ちょっと待ってね!?」
美紅は数歩後ろに下がり、崇臣と距離を取る。そして徐々に状況を把握して、真っ赤になってくる顔を隠すべく後ろを向いた。
とにかく、何か言い訳して今のぽろっとでた本音をどうにかしなくてはいけない。
「え、えっと、今のはそう、なんでも──」
なんでもないの、と言いかけた言葉が途中で強制的に止まった。
いやな予感がする、猛烈に!
「なんでも──なくなくて、崇臣に心配されてなんか嬉しいなあ、これって私だけなんだろうなって思ってたんだよね! それでやっぱりすきゃああああぁぁあ!?」
嫌な予感は一瞬でフラグ回収を終え、美紅の口は本人の羞恥をそっちのけで、あらゆる本音をぶちまけ始めた。
蛇口をひねったので水が出ました。というような容赦のない本音の洪水に、美紅はまた自分の口を両手で塞ぐ。
「美紅」
しかし、時すでに遅しだ。崇臣が真剣な顔でこっちを見ている。その眼は明らかにいつもの「見逃してくれている」眼ではなく、獲物を見つけた鷹のようなそれだった。
「つまりそれは……自ら負けを認めて、俺と一緒にFHに来る覚悟が出来た、という……」
「それはない!!!!!!! ちょっとゴメン今日やっぱり調子悪いから帰る!」
鷹よろしく思想まで大空を羽ばたいたらしい崇臣に、美紅はきっぱりと言って踵を返した。
『どんな勝負であれ、負けを認めた方が勝った方の組織に入る』というおおざっぱかつ脳筋な協定は、当然「惚れたら負け」も含まれるようだ。
「おい! 待て美紅! 止まれ!」
脱兎のごとく逃げ出した美紅の背中に、崇臣の鋭い制止が迫る。美紅は必死で足を動かし、辺りをぐるりと見渡した。
どうにか崇臣から逃げ切り、この微妙だが致命的な症状(?)をUGNに報告しなければいけない。
だが、崇臣から逃げ切れてかつ、ゆっくり連絡が取れるような場所なんて──
* * *
『卑怯だぞ、出てこい!』
頭の中に響く崇臣からの「彼方からの声」を完全に黙殺しつつ、美紅は狭い個室でスマートフォンを操作する。
ショッピングモール内、なるべく人の少なそうな場所にある女子トイレの個室である。今が夜で本当に良かった。心の底からそう思う美紅だった。
スマートフォンの中から【UGN 玉野椿】と書かれた連絡先を探し出し、迷わず押す。
「……あっ? 椿さん!? 今何かおかしなことが起こってまして──」
『美紅ちゃん!? ごめんなさい、今ちょっとこっちも立て込んでいて……もしかして、あなた『も』なの!?」
数回のコールの後、やっと繋がった先の椿は、もっと悲痛な声をあげていた。
美紅も何も言われずとも察した。
あなた「も」。
そして、電話の向こうからかすかに聞こえる、阿鼻叫喚。
『どうやら、訓練後に出したお茶の中に、何かおかしな薬が混ざっていたらしくて……みんな、あることないこと……いいえ違うわ、『あることは全部』話すようになっちゃったみたいで」
「あることは全部」
なんだそれは。と思わず真顔になって繰り返してしまった。
『つまり、本音しか言えなくなってしまったみたいなの。今全力でその面倒な薬の出どころと、拡散先を調査しているわ。ただでさえ忙しいのに、何人かのエージェントは部屋に閉じこもって出てこないし、霧谷さんとは連絡がつかないし、私ももう部屋に引き籠りたい』
「わかりました、椿さんも飲んじゃったんですね、それはよくわかりました。でもちょっと本音だけだと話が進まないんで、それ以上はメールで詳細ください」
蛇口全開の椿の「本音」に色々と察してしまったので、美紅はつとめて優しくそう言った。
追って椿から送られてきたメールに目を通しながら、美紅は頭を抱える。どうやら筆談やメールはセーフらしい。
『おい、聞いているだろう美紅!』
「(ああああああ、絶対出たくないー!)」
薬の効果はさすがに永遠ではないだろう、とメールには書いてあったが……さすがに、その「永遠ではない」を待って、ずっとトレイに籠っているわけにもいかない。一般人に怪しまれて、通報されたり騒ぎになったりでもしたらことだ。
そうしたらこれから一晩中、崇臣と追いかけっこする羽目になるかもしれない。
そう思うと、さすがに気が重くなる美紅だった。