桜本咲乃の欲望
DX3rdの模擬戦・後日談。
もにゃが使用したPC・桜本咲乃とアベール=クリューツのお話。
模擬戦から帰ったら、速攻で寝込んだ。
体中をぐるぐるする熱に浮かされて、寝ては起きてを繰り返す。中途半端に眠って見た夢の中では、鹿がダンスを踊っていた。
絶対にあの全身武器だらけの野蛮人のせいだ。次は絶対に許さない。咲乃は朦朧とする頭でそう決意した。
「うぅ、どうしてわたくしがこんな目に……」
「無茶をするからだ、馬鹿者。いい加減、自分の体力を把握しなさい」
今度は何をしたのだ、と、呆れた声で言うのは、婚約者のアベールだ。婚約者兼主治医、という少し変わった肩書の彼は、こうやって咲乃が体調を崩すたびに訪れては世話を焼く。
「わたくしのせいではありません。なりゆきで……」
「だが、そのなりゆきの内容は言えないのであろう。あまり詮索するつもりはないが、言えないのならば甘んじて叱られるように。熱が下がるまでは寝ていなさい。熱が下がっても、一日は様子見だ」
「……かしこまりました」
アベールはベッドの横に腰かけ、眼鏡の向こうで目を細める。咲乃は何も言い返せず、逃げるようにシーツに顔を埋めた。
……いちおう、咲乃がオーヴァードであることも、FHであることもアベールには秘密なのだ。まさか、馬鹿正直に事情を話すわけにもいかない。
咲乃は身体が弱い。生まれつきのもので、大病を患ったことはないものの、疲れがたまるとすぐに寝込むのだ。そのたびにアベールに診察を受けているので、婚約者としてより、主治医と患者としての関係の方が長い。
「……アベール様こそ、ちゃんと眠っていらっしゃるのですか? お食事は?」
ふと気になってそう尋ねると、アベールは目を逸らした。
「君が心配することではない」
これは多分寝ていないし、食事も取っていないな、と咲乃は確信した。
この人は、放っておくとすぐ無理をする。優秀で、そつもなく、真面目で、そのうち全部抱え込んで、一人で潰れてしまうような人だ。大人だから、そう簡単に潰れたりはしないのだろうけれど。
そう、アベールは大人だ。咲乃より広い世界を知っている。そして、咲乃よりも色々な世界で生きてきた。個よりも全を救いたい人で、一を捨てて百を選ぶ人だ。
たとその「一」が自分自身でも。「百」の中に自分の大事なものがあるのなら、迷わず選択するだろう。
咲乃はベッドの中で寝返りを打って、ふくれっ面をシーツに隠す。
「…………早く治します。わたくしが見ていないと、アベール様は言うことを聞いてくださいませんもの」
「そうか」
だから、咲乃は「一」を選ぶ。たとえ世界を敵に回しても、アベールを選び続ける。
世界がどんなに尊くても素晴らしくても、アベールを不幸にする世界なら必要ない。それが子供の理屈で、取るに足らないワガママなのだとしても、咲乃にその願いを捨てろというのは無理な話だ。
「(わたくしくらいは、アベール様の幸せを願って差し上げても良いではありませんか)」
おやすみなさいませ、とシーツの中から声をかけると、おやすみ、と優しい声が返ってきた。