久方菜乃花関連,  テキスト

世界線越しのラブソング2

DX3rd、main様(@main_1069)GMのセッション、
「君の傍にいたいから」に参加させていただきました。

素敵なリプレイはこちらから→「【DX3rd】君の傍にいたいから①

自PCの菜乃花と、同じ卓でご一緒した
なりへいさん(@nariheiheTRPG)のPC、龍巳クリフくんをお借りしています。
許可いただきありがとうございます!

とりあえずこれで完結。
1話→世界線越しのラブソング1










2.

 『日常』の合間に、夢を見る。
 真っ白な壁や床。揺れるカーテン。ベッドに横たわる人影。そしてそれを見下ろしている『誰か』。
 忘れるわけがない、それは見慣れた病室での風景。ただ一つ違うのは、視点が第三者のものであるということ。
 私は揺れるカーテン越しに、ベッドに横たわる『私』を見ている。
 カーテンの向こうで、『私』がゆっくりと、力なく手を伸ばす。『誰か』がその伸ばされた手を一瞬迷ってから取ると、カーテンが翻り、一瞬『私』の顔が見えた。
 『私』はたぶん、嬉しそうに微笑んだのだと思う。
 ――綺麗な光景だ、と思った。見ているだけで涙が出そうなほど、美しいと思った。

 まるで一枚の絵画のように、ぴたりと当てはまる「正しい」光景。そうあるべきだった私の未来。

 最後はいつも同じだ。ふいに、ベッドの『私』が私の方を見て、そして何事か呟く。
 何を言っているのかは、いつも聞こえない。

* * *

 轟く雷鳴。一瞬、真っ白に染まった視界。
 悲鳴すら許されない衝撃に、軽く体が浮いたのがわかる。そのまま吹き飛ばされて、菜乃花は背中から地面に転がり落ちた。
 「――――――!」
 明滅する意識で把握できたのは、衝撃音と誰かの悲鳴と、すさまじい風の音。
 その合間に聞こえた叫び声は、菜乃花の耳には、「生きていたい」と聞こえた気がした。
 「……っ、ごほっ、ごほっ……」
 菜乃花は遠のきそうになる意識をなんとか引き戻し、目を開ける。砂埃が酷いが、せき込みながらも体を起こす。
 見えたのは朽ちた発電所の風景と、倒れ込む仲間の姿だった。続いて、あまりに軽い音を立てて、小さな獣の影が倒れ込む。
 「……レオン!」
 倒れた小さな影の名前を、少年が呼ぶ。悲痛な声を聞いて、現実がさあっと菜乃花の心を撫でた。
 レオン、と呼ばれたその影は、倒れたまま動かない。凄まじい攻撃の前に、倒れた仲間もまた、起き上がらない。
 「(まさか、みんな死ん――――)」
 そう思った瞬間、頭が真っ白になった。

 どうしよう。どうしたら。どうすれば。そんな意味のない言葉で、真っ白な頭が埋め尽くされる。このままではみんな死ぬかもしれない。
 どくん、どくん、と心臓の鼓動ばかりが響く。
 みんなを助けなきゃ、なんとかしなくちゃ。でも何を、どうやって?
 いつもは自由に動くはずの手足が、重石でもつけたかのように重い。怪我はそれほど酷くないはずなのに、心が重くて持ち上がらない。
 だめだ、動かない。このままじゃ、『終わり』が――

 「立て菜乃花! まだ終わってねぇ!」
 その瞬間、まさしく雷鳴のように響いた声に、菜乃花はやっと息を吸い込んだ。顔を上げる。
 目の前で、鮮やかな髪色の少年が立ち上がる。視界の端で、なつと蛍司も立ったのが見えた。
 急速に実感が戻って来る。安堵感に、息を吐く。
 大丈夫、大丈夫。呼吸と一緒に心の中で呟いて、ぎゅっと手に力を込めた。
 「(まだ諦めちゃだめだ)」
 手放しちゃだめだ、まだ大丈夫。

* * *

 「龍巳くん、少しいい?」
クリフが教官である玉野椿にそう呼び止められたのは、UGN支部での訓練が終わった後のことだった。
 「教官? なんです?」
 「この後、時間はある? もし可能なら、久方さんを家まで送り届けてほしいんだけど」
 意外な要求と名前に、クリフは思わず眉を寄せて尋ねる。
 久方――久方菜乃花。同じUGNのエージェントだ。ついこの間起こった事件でも、一緒に任務に当たった。
 同年代だが、エージェント歴ではクリフのほうが先輩だ。お陰で、支部内では何かとクリフが世話をさせられることが多い。
 「別にいいですけど……あいつ、また何かしたんすか」
 「いえ、今回は何も。ただ、彼女はこのところレネゲイドコントロールが不安定で……少し気になってるの。悪いんだけれど、少し気にしてあげてくれない? 私も、もちろん気を配るから」
 椿の表情と声には、わずかに憂いが見える。椿は自身もチルドレン出身であり、今は、後輩チルドレンたちを育てるベテランのエージェントだ。
 彼女がそう言うのなら、菜乃花のコンディションが悪いのは事実なのだろう。
 ……能天気と前向きが服を着て歩いているような普段の彼女からは、「調子が悪い」という状態を想像するのはいささか難しいが。
 「……わかりました。見ときます」
 クリフがそう答えると、椿は少し表情を和らげて「頼むわね」と告げた。

 椿に言われて支部のロビーに足を向けると、そこには菜乃花が鞄を手にぼうっと立ち尽くしていた。
 なるほど、確かにいつもとは少し様子が違う。クリフが来ても気づいていない様子で、視線を宙にさまよわせていた。
 「何やってんだ、菜乃花」
 そう言って頭を軽く叩いて初めて、菜乃花はクリフの存在に気付いたらしい。
 「あ、クリフくん。ほんとに迎えに来てくれたんだ」
 「まぁな。……お前、調子悪いのか?」
 尋ねると、菜乃花は一瞬言葉に詰まってから、へにゃりと表情を緩めて曖昧に笑ってみせた。
 「んー、まぁまぁかなぁ」
 クリフは小さくため息をつく。どうやら即座に口を割るつもりはないらしい。
 「…………とにかく、帰るぞ」
 歩きながらのほうが話しやすいこともあるだろう。クリフはそう言って踵を返すと、菜乃花が半歩ほど後ろからついてきた。

 すっかり日は落ちて、あたりは星明りばかりになっている。
 二人のように学生とエージェントを兼任していると、訓練を終えた頃にはいつもこの時間だ。人通りもまばらで、住宅街へと差し掛かると、二人以外の足音も聞こえない。
 いつもなら、菜乃花がクリフに絶えず話しかけて来るので、この帰路はいつもやかましいくらいなのだが。今日は怖いほど静かだ。沈黙が痛い。
 「なんかごめんね。椿さん、怒ってた?」
 「いや、心配してた」
 その沈黙に耐えられなかったのは、やはり菜乃花の方だったらしい。尋ねられて、クリフは率直にそう答えた。
 「えへへ、そっか。ごめんね」
 菜乃花が少しほっとしたように、しかし歯切れ悪く笑って言う。クリフは思わず足を止め、彼女を振り返った。
 「……だから、謝るなって。調子悪いときくらい誰でもあるだろ」
 菜乃花も合わせて足を止めて、クリフの顔を見ていた。
 初めて、クリフは後ろを歩く彼女の顔を見る。口元は微笑んでいるのに、目が泣いていた。
 「わざと訓練サボったのか?」
 「ううん」
 「じゃ、またなんかやらかしたか?」
 「ううん……」
 クリフが一つ一つ尋ねると、菜乃花は律儀に首を横に振る。
 「それじゃ、お前が悪いわけじゃない。謝る必要ないだろ」
 ため息をつきそうになって、クリフは直前で止めた。なんだかその仕草一つでも、菜乃花をさらに落ち込ませそうな気がしたからだ。
 ……ああそうか、こいつ、落ち込んでるのか。
 そう思って、やっと目の前の少女の状態に名前を付けることが出来た。普段、「落ち込んでいる」なんてことが無い少女だから、すっかり思い当たらなかった。
 「菜乃花、お前なんかあっただろ」
 一歩近寄って、ずばりそう尋ねる。そうしたら、菜乃花はやっとぽつりと白状した。
 「……全然、大したことじゃないんだけど……」
 「バカ。それでレネゲイドコントロールに支障出てるんだ、大したことだろ。吐け。とりあえず洗いざらい吐け。大したこと無いって言うなら尚更、誰かに話して精神安定させるのが基本だ」
 クリフは菜乃花の腕を掴むと、ぐいぐいと引っ張って歩き出す。菜乃花は戸惑ったような雰囲気だったが、逃げる様子もなく、大人しく付いてくる。

 話す内容が内容なので、人気のないところに行こうとしたが、さすがにこの時間だ。悩んだが、とにかく菜乃花をマンションまで送ることにする。
 ただし、行き先は久方家ではなく、屋上だ。
 「ほら。落ち着いたらでいいから話せよ」
 二人して、適当に縁の方へ陣取る。クリフが暖かい飲み物を買って渡すと、菜乃花は躊躇いがちに頷いた。
 「でも、本当に大したことじゃないんだよ。ただの夢の話だし」
 「夢って? どんな夢だよ」
 言いながら、クリフも自分の分の飲み物を開け、隣に座った。
 レネゲイドは未知のウィルスだ。人の細胞を浸食し、簡単に現実を捻じ曲げる。影響が夢という形で現れない保証もない。
 「病院にいる夢……私は病院のベッドで寝てて、誰かがお見舞いに来てるの」
 「病院って、昔の夢か?」
 菜乃花はエージェントになる前、先天性の病気で入院していた。生まれたときから覚醒するまでの間、ずっと入院していたので、入院生活は相当に長い。
 しかし、菜乃花は首を横に振った。
 「たぶん、違うと思う。夢だけど、なんとなくわかるから」
 温かい飲み物を飲んで、菜乃花がほう、と息を吐く。暗い夜空に、白い息がふわりと漂った。
 わかるって何が、とクリフは尋ねる。菜乃花は一瞬答えかねるように口を閉じ、しかし先を続けた。
 「もうすぐ死ぬんだって」
 漂う白い息はあっけなく消える。菜乃花は消えていく吐息を眺め、空を見上げていた。その横顔を見て、クリフは言葉に詰まる。
 「あ、夢の『私』の話ね。私は生きてるでしょ。だから夢の話」
 すると、菜乃花はクリフの方を見て、少しだけ笑った。
 「でもね、すごく綺麗な夢なんだよ。真っ白な部屋で、カーテンが揺れてて、夕日が差し込んでて……」
 いつもはっきり覚えているのだと、菜乃花は言う。
 終わりを連想させる光景の中、夢の中の『菜乃花』はそれでも、心から幸せそうに笑っている。
 終わりたくないけれども、避けることの出来ない終わりを予感して、あまりに多くの感情を滲ませて。
 「すごく綺麗で……なんて言うんだろうなぁ。そんな夢を見ている私は、それが『正しい』って思っちゃうんだ」
 そんなわけないだろ、とクリフは言いかけた。しかし、菜乃花はそれを察したようにまた首を横に振る。

 「クリフくんはさ、さっきも、前も言ってくれたよね。私が悪いわけじゃないって。私が病気だったこととか。そのせいで、わりと世間知らずだし……しょっちゅう迷惑かけちゃうこととかも、最後は許してくれるし。あれ、けっこう嬉しかったんだぁ」
 『お前が悪いわけじゃない』。そう言われて、ひそかに菜乃花は安心していた。
 ここにいていいのだと、そう思えた。大袈裟だと思われるし、突然そんなことを言ったら驚かれるだろうから、決して口にはしなかったけれど。
 夢はきっかけでしかない。菜乃花はずっと自問していた。
 『私が悪いわけじゃない』。……本当にそうだろうか?
 菜乃花が病気だったのも、それが突然治ったのも、菜乃花がいま生きているのも。それは――それこそが、そもそも間違いではなかっただろうか。
 「レネゲイドの力で、偶然助かって、私は今こうしてるけど……きっと何か一つでも違ったら、私は夢の中の『私』みたいに、死んじゃってたと思う」
 そうなってた可能性の方が、たぶんずっと高かった。
 「私はさ――ここにいる私はさ。ずるいんだよ、きっと」
 病を患い、余命を宣告され、死んでいくはずだったのに。努力の結果でも何でも無く、単なる偶然で命を拾った。
 目が覚めたら世界は一変していた。運命は好転し、理不尽は跡形もなく、遠かった『当たり前』は手のひらの上に乗っていた。
 その瞬間には、実は喜びも感慨もなかった。実感がなく、なんとなく居心地が悪いような、戸惑いばかりがあった。
 あとから、喜ぶ両親や友人の姿を見て、ようやく「嬉しい」という気持ちが湧いてきたのだ。
 それはきっと、何かしたくても何も出来ず、死んでいくしかなかった他の『菜乃花』からしてみれば、『ずるい』ことだと分かっていたからかも知れない。

 あの夢を見るようになって、少しずつ菜乃花の不安は蓄積していった。
 どうしても考えてしまう。久方菜乃花という少女はあのとき、死ぬがきっと正しかったのだ、と。
 こんなウィルスの力を得て、摂理を捻じ曲げて生きているのは、きっと間違っている。悪いことだ。
 だからきっといつか、いつか、報いを受ける。

 「あのとき――レオンくんや、ハルトくんと戦った時ね。みんなが倒れて、動かなくて、私、足がすくんじゃって。怖くてしょうがなかった。そのとき、思っちゃった。『そのときが来たのかも』『終わりが来たのかも』って」
 報いを受ける日が来た。もう諦めなくてはいけない。
 一瞬――本当に一瞬だ。そう考えてしまった。心が折れかけた。その瞬間、胸の奥の方の、自分なのに自分ではない「何か」が、ざわりと騒いだ。
 「たぶんあのときはね、クリフくんが『立て』って言ってくれたから、立てただけ。結局クリフくんに、また助けて貰ったってことだね。ごめんね」
 菜乃花はまた謝って、今度は俯いた。
 「それからかなあ。あの夢を見るようになって、気持ちがぐちゃぐちゃして……よくわかんなくなって。それで、集中できなくって……教官にも心配かけちゃったなあ」
 そこで菜乃花の話は途切れた。菜乃花は冷めかかった飲み物をまた一口飲んで、息を吐く。

 その白い息が消える頃、突然、菜乃花の頭に軽い衝撃が走る。 
 「…………お前は悪くない」
 クリフが菜乃花の頭を、躊躇いがちに、しかし少しだけ撫でている。ぐっ、と。その言葉にまた、菜乃花の目元が熱くなった。
 「生きてるのが間違ってるとか、死んでるのが正しいとか、知るか。夢か何か知らねえけど、もし、夢のそいつが『死んでた』菜乃花自身だったとして……お前に、『お前も自分と同じように死ね』なんて言うわけないだろ」
 「そうかな」
 菜乃花がそう返した声は震えている。涙声が抑えられない。泣いてしまう。
 「そうだ。決まってる。お前に悪いとこがあるとしたら、そこを勘違いしてるってとこだけだ」
 クリフは言い切る。菜乃花の涙には気づいているはずなのに、こちらを見ずにそう言った。
 「大事な奴が死ぬかもしれないってときに、普通願うのは逆のことだろ。生きてくれって。生きて……幸せになってくれって。そうだろ」
 その言葉には、少しの祈りがこもっていた……気がした。
 クリフにも、生きて幸せになってくれ、と願った誰かがいたのだろうか。正しくなくても、間違っていても、生きていていい、生きてくれと、彼も誰かに願ったのだろうか。
 それとも、誰かがクリフに対して、そうあるようにと願ってくれたのだろうか。
 「もし……万が一だぞ。そうじゃなかったとしても、俺はお前が生きてたほうがいい」
 菜乃花の方を見ないまま、クリフは言った。

 ああもう限界だ、と菜乃花は思う。欲しいときに欲しい言葉を貰えて、泣かずに笑えるほど、まだ菜乃花は大人じゃない。

 「ありがと」
 震える声でやっとそれだけ伝えた。クリフは頷く。
 「何回でも立てって言ってやるから」
 「うん。ありがと。そしたら私、きっと諦めない」
 ずっとざわざわしていた胸の奥が、今は澄んでいる気がした。ざわめきも不安もなくなった訳ではないけれど、奥の方でじっとしている。彼が抑えてくれている。
 これが今の私たちに、オーヴァードに必要な絆なのだと、実感した。
 「クリフくんが……みんながさ、そういってくれる間は、きっとわたし、立てると思うんだ。だから……間違ってるかも知れないけど、それでも、私はまだここで生きていたい」
 また挫けそうになるかも知れない。また落ち込むし、何度でも悩むし、迷惑だってかけ続けるだろう。
 また、「私がここに生きているのは間違っているのかも知れない」と立ち止まるだろう。
 それでも菜乃花は生きていたいのだと、今実感した。

 今日挫けても明日、明日も挫けるのなら明後日に。一人で立てずとも、誰かの、例えば隣に居る人の手を借りてでも。
 この菜乃花に『終わり』はまだ来ない。来たとしても、諦めないし、諦めたくない。
 「生きて、生きて、生きててよかったって、私、そう思えるまで頑張るから」
 菜乃花が完全に泣いている声でそう言うと、頭を撫でる手の重みが、励ますように強くなった。

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