ターニングポイント
DX3rdのオリジナル卓「一度だけの恋なら」の前日譚。
たぶん本編が始まる数年前くらいの話です。読まなくてもシナリオやる分には問題ありません。
昨日と同じ今日。今日と同じ明日。
世界は繰り返し時を刻み、変わらないように見えた。
だが、人々の知らないところで。
――世界は大きく変貌していた。
変貌した世界で生きて行くのに必要なもの。しかも、そこで長く生きていくつもりなら尚、早くに手に入れるべきもの。
それを一つ挙げろと言われたら、私は「諦め」と答えるだろう。
この壊れた世界で生きて行くのに、理想は重すぎるし、希望は柔すぎる。死に逃げるには、私たちオーヴァードの身体は丈夫になりすぎているし、準ずる他の逃避は「本物のバケモノ」への近道になる。
好きでオーヴァードになった者は、そうそういない。たいていのオーヴァードは不可抗力によってこの非日常に落ちてくるのだ。
誰のせいでもない。「運が悪かった」だけ。そう思い、少しでも早く諦め、目の前だけを見て生きて行くのが一番賢い。
「そんな生き方、もったいないよ」
そう思っていた私を、あの男はそんな能天気な一言で斬って捨てた。
もったない? なにが? それに、もしそうなら他にどんな生き方をすればよかったのか。私は半ば自棄になっていたのだろう。男にそう尋ねた。
「だって、君は歌も上手だし、そんなに可愛いのに。そんな風に生きて行くなんて、凄くもったいないと思うよ。例えばそうだな……君だったらアイドルにだって、女優にだってなれそうなのに」
……この男は馬鹿なのだろうか? 本気でそう思った。
私の歌が秀でているのは、ハヌマーンシンドロームに覚醒しているからだ。私の実力なんかじゃない。
容姿については……正直分からなければ、興味もない。この男の好みだった、ということだろうか。やっぱり別に嬉しくない……はずだ。
「いいじゃないか。君はオーヴァードなんだし、その力は君の力で、君の実力だ。デリケートな問題はたくさんあるけど、君が恥じることじゃない。それに」
僕は君の歌、とっても好きだよ。
男は言った。そして私に手を差し伸べ、諦めないで、と続けた。
その視線はどこか寂しげで、悲しげで、でも、何かを諦めきれない目をしていて。
ああ、この男は今も苦しいのだと、唐突に思った。能天気なふりをして、明るく振る舞ってはいるが、それは決して本心なんかではない。
私は早々にたくさんのことを諦めたが、きっとこの男は未だに、私が諦めてきたものを一つも諦めきれていないのだ。
それはとても苦しい生き方で、馬鹿な生き方で――でも、とても眩しい生き方だと思った。