セッション感想,  雑記

Ambivalence OD GM感想とか裏話とか4

5/31(金)~6/23(日)に断続的に行いました、
カリギュラOD卓こと「Ambivalence OD」、お疲れ様でした!
ここではセッションの裏話や、時系列を追ってのGMの感想などをまとめていこうと思います。
お時間のある方は、暇つぶしの一つとしても読んで頂けると幸いです。

性質上、卓のネタバレが激しく含まれますのでご注意ください。

前回に引き続き、今日は楽士戦後の会話シーンまでさくさく感想。
ごめんて。書いてたら長くなってしまったから切ったんや……

◆ミドル4・トリガーイベント/レネット◆

【BGM:レネット】

二人の楽士を下し、部室へ戻ってきた時点で、PCの誰かがクライシス……
この卓で言うソラとのロイスを取得していた場合に発生するトリガーイベントです。

タイトルは「レネット」。
最初の記事でも紹介しましたが、レネットとは「小さな王女さま」のような、高貴な少女に対する愛称。
アニメ版で最初にμが歌う曲でもあり、μを象徴する曲の一つです。

メビウスを創り管理する特権階級的立場でありながら、その精神性はかなり幼く、天真爛漫。
まさしく「小さな王女さま」なのかなぁ、と思っていたりします。
また、リンゴの品種名?でもあるみたいですね。
自我が無かったはずのバーチャドールが、自我というリンゴを……みたいな意味合いもあるのかな。

閑話休題。
このシーンは、「ソラ(クライシス)とロイスを取得しているPCのみ登場可」です。
このシーンは「μ(アイドラトリィ)との最終決戦を前に、ソラが自分の気持ちを整理するため、弱音を吐く」ためのものなので、ある程度気を許している……つまり、ロイスを持ってくれている人にしか、話を聞かせない、という感じです。
今回は全員ソラにロイスを取ってくれていたので、問題なく全員登場していただけました。

本当はソラから話を振る予定だったのですが、それよりも先に、プレイヤーさんたち自身が
「どうしてメビウスから出ていきたいのか?」
「このままではいけないのか?」
という話題を始めてくださって、感無量でした。

御門巧:「ここにいる奴らを否定はしない」
御門巧:「現実ではどうしようもなくて……逃げた結果ここに来たんだろうよ」
御門巧:「俺もそうだった。だけど、『俺は忘れたくはなかったんだ』」
御門巧:「思い出した今だからこそ戻りたい」

御門さんの言い分は、かなり「かっこいい」んですよね。
めちゃくちゃ強い。でもそれでいて、「ここにいる人を否定はしない」っていう寛容さもある。

御門さんの過去に何があったのか、実はGMも踏み込ませて頂いてないので(!)、本当にわからないんですけども。
辛いことがあったのに、忘れず進むことを「したい」という精神力。
これ全然意識はしてないんですけど、小説版Caligulaの主人公に通じるものがあるなって思いました。

このシーンのとき、すぐそばに笙悟がいたので、なんかもう思うところがありすぎました。
御門さんにはぜひ、笙悟にも踏み込んでいただきたい。
ていうか御門さん本当にカリギュラに対していいこと言いまくりなので、ぜひログやリプレイを見てほしいです。

ここで全部引用するのが勿体ない。

暮下天海:『……強いて言うなら私自身、でしょうか?』
暮下天海:『やりたいことはありますよ♪ そしてそれはここではできないだけです』
琵琶坂:「暮下君に同感だね。なんでも叶うというが、とんでもない。メビウスで出来ることなんて知れてるよ」
暮下天海:『そうですね。”理想”しか叶わないなんてつまらないですからね』琵琶坂さんを見てにこにこ。

何かとシンクロしがちな琵琶坂先輩&天海さんコンビです。
天海さんは実はFHなので、「欲望を追求するもの」として、少し琵琶坂先輩とは相容れる……のか?
相容れると言ってしまっていいのか……(悩)

天海さんの言い分はシンプルで、かつ本当にブレないというか、芯がありますよね。
御門さんの言い分が「かくあるべき」であるなら、天海さんの言い分は「かくありたい」。
こういう意味でぶれないってはまた強いですよね。

そして天海さんが一番偉いのは、そうありながらちゃんと「人間であり続けている」ことですよ。

ダブルクロスという世界では、「やりたいようにやる」をやりすぎると化け物(ジャーム)になります。
ダブルクロスの「化け物」とは、見た目が怪物になるとか、わかりやすく狂うとかじゃないんです。
「社会性を失う」ことだと言われています。

また難しい。社会性ってなによ。人間は確かに社会性のある生き物だけどね。
発達心理学では、以下の要素が社会性の中身だと言われているそうです。

対人行動
(他者を信用し認めることができること)
集団行動

(集団の中で協調的に行動できること)
社会的欲求

(仲間から好意を受けたいという欲求を持つことや仲間として認められたいという欲求を持つこと)
社会的関心

(時代の情勢、風潮に感心を寄せること)
※Wikipediaより引用

つまり、ダブルクロスの世界で「人間」と言えば、上記を保っている存在のことです。
そういう意味で、天海さんはFHだろうがUGNだろうが、自分の望みを優先させようが、「人間」であると言えるでしょう。

見てるか琵琶坂永至。

……もちろん、ダブルクロスを嗜む者としては、ダブルクロス的に「人間ではなくなった」ものの魅力、というのはとてもとてもよくわかります。
だから結局どっちも好きなんですけどね!

サスケ:「俺だって仲間と馬鹿やっているばかりじゃいけない、って分かっているつもりだ」
ソラ:「……どうして?なんで向き合わなきゃいけないの?」
ソラ:「楽しいことだけしていれば幸せじゃないの?苦しいことは止めちゃえば、幸せになれるんじゃないの?」
サスケ:「お前、ゲームとかやるか? トランプでも良い。自分の所に配られたカードでどうしようか悩むから楽しいと俺は思うんだよ」
サスケ:「弱いカードも強いカードもそれをどう活かすか考えるから楽しいんじゃねかな」
ソラ:「……でも、それでも、いいカードがずーっと来た方が、絶対勝てて嬉しいんじゃないの?」
サスケ:「そういうのも分かるけどな。弱いカードで相手の隙を突いて勝つから楽しいんだよ。今度教えてやっから」

ほんまにねーーーーーソラに対してサスケさんが素敵お兄さん過ぎるんですわーーーーー
(顔を覆うもにゃの絵文字)

カリギュラという作品のテーマのひとつとして、「幸せとは何か?」というものがあると思うんですよ。
で、たぶんこれに「幸せとは〇〇のことです」と断言できる人はいないと思う。
断言できたとしても、それが正解だということはないと思う。

誰かにとっての幸せは、別の誰かにとっては不幸だったりするからです。
今回はOD卓のため出てきていませんが、帰宅部の維弦/楽士のイケPなんか、とても分かりやすい例だと思います。

まさしく、アニメ版Caligulaの鍵介の名台詞。
「地獄は人の数だけあるんですよ」ということ。
つまり逆説的に「楽園も人の数だけある」ということなんですよね。

サスケさんはそれを「弱いカードも強いカードも必要だ」という言葉で言ってくれてる気がしました。
「あなたにとっては必要のない弱いカードも、誰かが強いカードとして必要としている」
本当にいい先生してくれてましたね。

あとこの例え話を聞いて、かなりサスケさんとイケPを会わせたくなった。
とりあえずマジクさんは「天使の歌」だけでも聞いてほしい。(ダイマ)

ソラ:「翠は?翠もかえりたい?」
月岡翠:「帰りたいと思っています。願い、ではありませんが。」
ソラ:「どうして?ここは、幸せじゃないから?」
月岡翠:「いえ、ここは十分幸せに満ちていますよ。ただ、…」
月岡翠:部屋にいる人をぐるりと見回す。
月岡翠:「私が帰る場所があるのは、元の場所なのですよ。」
ソラ:「……やっぱり、本当のお家がいい人もいるんだね……」

月岡翠:「確かに難しい問題ではありますが。私の主観でいうならば、帰る場所があるところが人の心のよりどころになるところです」
月岡翠:「ここは、いろいろな意味で居心地がいい場所ではありますが、帰る場所ではありません。」
ソラ:「本当のお家じゃないから、ここじゃ悲しいってことだよね」
月岡翠:「悲しい、とは違いますね。(苦笑い)」
ソラ:「苦しい?つらい?」
月岡翠:「そうですね、うーん…苦しいのかもしれません。」

前回の記事でも紹介しましたが、月岡さんのシンプルな言い分。
「家に帰してほしい」。至極当たり前でまっとうな理由です。

かといって、月岡さんの現実での生活が、満ち足りているわけではないと思います。
彼女はあくまでも「メビウスは幸せに満ちている」という意見を持っているわけで。
ただ、「常に幸せを享受できる場所=心のよりどころ」ではない、ということ。

これシンプルに見えてかなり複雑な話ですよね。
根本の部分は、さっきも語った「地獄も楽園も人の数だけ」というところに通じるかなと。

Twitterでも少し語りましたが、月岡さんはぜひ梔子に踏み込んでほしい。
家族のもとへ帰りたい、という気持ちはシンプル。
だからこそ1点違えると全部ちがってしまうんだなあ……と、しみじみ思ってしまいました。

ここ、想定以上に長いシーンになってしまって、プレイヤーさんたちには大変申し訳なかった。
けれども、カリギュラ卓やるGMとして、ここをあまり急かしたくなくて……

ゲーム版のカリギュラの主人公というのは、いわゆる「主人公=プレイヤー」なんですね。
ドラ〇エシリーズとかに近い感じ。

だから、μの「あなたの幸せはなに?」とか「どうしてわかってくれないの?」とか「この世界の何がいけないの?」みたいな問いかけには、プレイヤー自身が答えないといけないんだなあ、と私は思うんですよね。

ODプロモーションムービーにも「今度は自分自身で選ばなければならない。辛く苦しい現実か、甘くてぬるい幸福か」って煽り文入るくらいですからね。

無印ではその質問に、「こうこうこうだ(と私は思う)からだよ。だから現実に帰るね」という答えしか出せなかった。
でも、ODという追加要素で「こうこうこうだ(と私は思う)からだよ。だからメビウスに残るね」という答えが出せるようになった。
μに対する返答が、フェアになった。どっちの答えを出してもよくなった。

だからこそ、それをぜひ、この「主人公=プレイヤー。発言に制限がない」というTRPGでやってほしかったというか。

つまりはGMの

「マジで生身の人間、ゲームをプレイするヒトがあのμにアドリブで何を答えるか見たい」

という欲求がこのシナリオを書かせたのであった。

……長くなりましたが。
ソラと「幸せとは何か」「μ(アイドラトリィ)は何が目的か」を語りおえると、情報開示があります。
ソラはPCたちの話に納得すると、全員に対してロイスを P友情/N恐怖 で取得してくれます。
N恐怖は、「失うことが恐ろしい」という恐怖です。

情報開示:【偏在する破滅】クライシス・詳細
アイドラトリィの分身体であるクライシスは、アイドラトリィと対話することが可能。
「現実へ帰りたい」と願う者が、彼女と相互にロイスを保った状態で、アイドラトリィと「対話」することが出来れば、メビウスから脱出することが出来るかもしれない。

つまり、ここでソラの話を聞いて納得させることが、グッドエンディングのフラグとなります。

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