挿話【去り行く人には花の名を】
日時:2017年10月20日~11月5日
セッションツール: どどんとふ
GM:もにゃ
「あら遼子。おかえりなさい」
石倉遼子は神谷奏太への聴取を終え、臨時支部の扉を開ける。声をかけてきたのは【万癒の鞘】……夏野夜美だった。
「おかえりなさい、遼子さん」
「やっほー。ただいまみんな。遅くなってごめんよ」
「言うほど時間はかかっていないわ。それよりどうだったの、神谷奏太の方は。何か尻尾を出した?」
「いやまったく? というか出す尻尾は無いね、あれは。真っ白もいいトコよ。ちなみにそっちは?」
そう尋ね返しながらも、ちらりと見た瑞希の表情が明るいことを見ると、Floweryも「シロ」なのだろう。
「はい。思った通り、Flowery……そして恐らく、【音域の女王】も、シロです」
半ば予想していた答えを繰り返したのは、勇利八尋だ。彼は机に近づき、そこに広げた紙……関係者の名前を書いて整理していたものだ……に、丸を付けていく。
「Floweryのメンバー……アヤメさん、シオリさん、ユリカさん、そしてスズノさん。誰もこんな事件は望んでいないように思えました。多分、彼女たちの証言に嘘は無いんだと思います。彼女たちは巻き込まれて……でも、その中で精いっぱいみんなを守ろうとしてくれた」
瑞希が祈るように、あるいは感謝を示すように、小さく手を組んでそう呟く。
「俺も同意見です。むしろ、Floweryを陥れるために、誰か別の犯人がこの事件を起こした、と言う方がしっくり来る」
「ええ、そうね。その意見には私も賛成よ。問題は、その『誰か』が誰なのか、じゃなくて? 勇利八尋」
八尋が瑞希に続くと、今度は夜美がその言葉に追従した。しかしその響きは、どこか厳しい色を含んでいる。
Floweryを陥れようとした『誰か』。あなたにもわかっているんでしょう、目を逸らすことは許さない、という叱咤だ。八尋はその厳しい声と視線に、思わず目を伏せる。
「犯人は【音域の女王】……じゃない。それはカナちゃんと話しても分かったよ。むしろ、『誰か』が壊したいのは、アオイを含めたアイドルグループの、『Flowery』だ」
遼子が八尋の代わりに、言葉を続けた。遼子の言葉にこくりと瑞希も頷く。
「スズノさんによれば、アオイさんはまず『手紙』を受け取って。それを読んだ後から、急にライブの中止や、Floweryの解散を望むようになった。その『手紙』があの、スノードロップのスタンプが押してあった封筒なら……」
「それは当然【死を呼ぶ花】からの手紙、と考えるべきね。この場合は予告状かしら? アオイはその手紙を受け取り、危険を察知した。自分が狙われているなら、当然Floweryが行うライブも、同じグループのメンバーも危険にさらすことになる。だからライブを中止しようとしたし、それが出来ないなら、自分だけでも脱退して危険を遠ざけようとした」
そう。アオイはむしろ、【死を呼ぶ花】から全てを守ろうとしたのだろう。Floweryのメンバーや、彼女たちを好きでいるファン、彼女たちを支えるスタッフたちを。
「けど、アオイ一人の力では、ライブを中止には出来なかった。犯人は非日常の人間だ。普通に理由を話しても日常の人間は信じない。対処するにしても、【死を呼ぶ花】は巧妙に隠れてて、正体を知ってる奴は限られてる。だから厄介なんだよ」
「そうね。でも同じセルの元メンバーであるアオイなら、当然【死を呼ぶ花】の正体を知っている」
遼子の言葉を再び夜美が継ぐ。ソファに深く腰掛け、足を組み替えながら、彼女はさらに先を、視線で目の前の男に促した。
苦いものを噛んだような表情で、先を促された男が口を開く。
「アオイがあのライブで、明確に敵意を向けた相手――それが【死を呼ぶ花】、ということですね」
信じられない。信じられないが、その「信じられない」を武器にしてきたのが【死を呼ぶ花】なのだ。
雪のように淡く、清廉で、美しい。しかし刺すように冷たく、あとには何も残らない。密やかに誰かの死を望む花。
「雪野雫……彼女が、【死を呼ぶ花】」
八尋の呼んだその名前に、その場の全員が、小さく頷いた。